千葉地方裁判所 昭和41年(レ)55号 判決 1972年5月29日
控訴人(原審被告) 田中良蔵
右訴訟代理人弁護士 高野三次郎
被控訴人(原審原告) 高木武治
右訴訟代理人弁護士 山本栄則
同 小林俊明
同 高橋崇雄
右訴訟復代理人弁護士 永見和久
同 猪原英彦
同 伊藤孝雄
同 飯田義則
同 名城潔
同 山田俊昭
同 浦田数利
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、千葉県船橋市高根町三二〇九番の五宅地三〇坪(九九・一七平方メートル)の土地につき、千葉地方法務局船橋出張所昭和三六年三月三〇日受付第五一〇四号地上権設定登記および同出張所同四〇年三月四日受付第四九三六号地上権移転の附記登記の各抹消登記手続をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(控訴人)
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
(被控訴人)
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
(被控訴人の請求原因)
一 所有権にもとづく抹消登記手続請求
1 主文第一項掲記の土地(以下本件土地という)はもと訴外内山正一の所有であったところ、同人は昭和三六年三月ごろ訴外村越(旧姓矢島)律子に対し、同訴外人から借り受けた金三五万円の一部金一〇万円の弁済に代えて右土地を給付する旨の意思表示をなし、かつその際本件土地の権利証、白紙委任状、印鑑証明書等所有権移転登記に必要な一切の書類を提供交付しこれをもって右代物弁済を完了した。しかして訴外白井ちゑ子は同年五月六日右律子から本件土地の譲渡を受けると共に同日右内山、律子の同意をえて内山より直接所有権移転登記をうけ、更に被控訴人は同四〇年一〇月一一日右白井よりこれを買受け、同日その旨の所有権移転登記を経た。
2 ところで、本件土地につき、原因昭和三六年三月二八日地上権設定契約、地上権者清水賢なる主文第一項掲記の地上権設定登記(以下本件地上権設定登記という。)がなされ、さらに昭和四〇年二月二六日譲渡を原因として右清水より控訴人への地上権が移転した旨の主文第一項掲記の附記登記がなされている。
3 しかしながら、右各登記は次の理由により抹消されなければならない。
(一) 通謀虚偽表示
内山と清水との間の右地上権設定契約は、右両名が、真にその契約をなす意思なく、内山の律子への本件土地の代物弁済を阻止する目的で通謀してなしたものであり、右契約は通謀虚偽表示により無効であるから、控訴人も清水より有効な地上権の譲渡を受けることはできない。
(二) 地上権の消滅
仮に右主張が認められないとしても、被控訴人は以下に述べるごとく控訴人に対し民法二六六条、二七六条による消滅請求をなしたので右地上権は消滅したものである。すなわち、
(1) 内山と清水との間で、昭和三六年三月当時内山所有の本件土地につき、地代一月坪当り金五円で毎年末払いの地上権者を清水とする地上権設定契約を締結し、右内容の前記地上権設定登記をなし、次いで右清水は控訴人に昭和四〇年二月二六日、右地上権を譲渡することを約し、前記地上権譲渡の附記登記を経たものであるから、控訴人は右地上権者としての地位を承継したものであり、他方被控訴人も前記一の1のとおり本件土地の所有権を取得し、その旨の登記をなしたことによって地上権設定者としての地位を承継したものである。
ところで、前地上権者の清水は、前所有者の白井が内山より所有権移転の中間省略登記をうけ地上権設定者としての地位を承継した昭和三六年五月六日から四年間にわたりその地代の支払を怠っていたもので、右地代怠納の効果は本件土地につきそれぞれ地上権者、地上権設定者としての地位を承継した控訴人、被控訴人によって承継されたものである。
(2) そこで、被控訴人は控訴人に対し、内容証明郵便で、本件土地につき引続き二年以上の地代怠納を理由として地上権消滅の意思表示をなし、右書面は昭和四〇年一〇月二一日控訴人に到達した。
二 地上権設定契約にもとづく地代請求
被控訴人主張の前項通謀虚偽表示が認められず、地上権消滅が認められるとすれば、被控訴人は控訴人に対し次の理由により本件土地の地代を請求する。すなわち、
1 前記のとおり地上権設定者の地位は昭和三六年五月六日からは白井、昭和四〇年一〇月一一日からは被控訴人と順次承継されているが、清水は昭和三六年五月六日より控訴人に地上権を譲渡した同四〇年三月三日まで地代の怠納を続け、控訴人もまた地上権譲受の登記をなした同年同月四日より被控訴人が地上権の消滅請求をなす以前の同年一〇月一五日までの地代を怠納している。
2 しかして、白井が有していた昭和三六年五月六日より同人が本件土地の所有権を被控訴人に譲渡した昭和四〇年一〇月一一日の前日までの怠納地代債権は、被控訴人においてこれを当然に承継したものであり、仮に、しからずとしても被控訴人は白井より右債権の譲渡をうけている。
したがって、いずれにせよ控訴人は被控訴人に対し、前記地代のすべてを支払う義務がある。
三 よって、被控訴人は控訴人に対し、本件土地所有権にもとづいて前記地上権設定登記、右地上権移転の附記登記の各抹消登記手続および昭和三六年五月六日より同四〇年一〇月一五日までの一月一五〇円(坪当り金五円)の割合による地代を各請求する(なお、当審において被控訴人は、地代請求につき右主張期間に減縮し、本件土地明渡および損害金請求を取下げた。)。
(請求原因に対する控訴人の答弁)
一 請求原因一につき
右1の事実のうち、本件土地に被控訴人主張の各所有権移転登記があることは認め、その余の事実は否認する。
同2の事実は認める。
同3の事実のうち、被控訴人主張の内容証明郵便が昭和四〇年一〇月二一日に控訴人に到達したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
二 同二につき
すべての事実を否認する。
(控訴人の抗弁)
一 抹消登記手続請求について
1 代物弁済の主張に対し
仮に内山から律子に対し被控訴人主張の代物弁済がなされたとしても、律子はその後昭和三六年五月二日、内山の代理人である同人の母訴外内山タマとの間で、被控訴人主張の金一〇万円を含む貸金全額につきタマが分割弁済することとし、その際前記代物弁済契約を解除する旨の契約が成立した。
仮にタマに内山を代理する権限がなかったとしても、その後本人内山において右タマの行為を追認した。
したがって、内山は本件土地の所有権を失っていないものである。
2 中間省略登記の主張に対し
仮に被控訴人主張の代物弁済が認められて、訴外律子に本件土地の所有権が移転したとしても、被控訴人主張の中間省略登記については、もとの所有者である訴外内山のこれに対する同意がないから、右登記は無効であり、譲受人白井から更に所有権を譲り受けた被控訴人は控訴人に対し有効に所有権の行使をすることができない。
3 地上権が消滅したとの主張に対し
仮に右代物弁済契約の合意解除等の主張が認められず、被控訴人が本件土地の所有者であるとしても
(1) 内山、清水間において右地上権設定契約の際、地代は、地主から請求があったときに支払うことの特約がなされており、しかも被控訴人から地上権消滅の意思表示がなされるまで土地所有者から一度の支払請求もなかったから、控訴人には地代延滞の事実がない。
(2) 仮に右特約が認められずに、地代怠納があったとしても、本件土地の所有権を取得した被控訴人は地上権者である控訴人に対し、地上権設定者の地位の承継につき、信義則上その旨の通知をなすべき義務があるのにこれをしなかったものであるから、右怠納は控訴人の責に帰すべき事由ということはできない。
よって、被控訴人の地上権消滅請求はその効力を生じない。
二 地代請求について
仮に、控訴人に地代支払の義務があるとしても、控訴人が支払うべき地代は、控訴人が地上権者となった昭和四〇年二月二六日以降の分に過ぎない。そこで控訴人は昭和四〇年三月分から同年一二月分までの地代を被控訴人に提供したがその受領を拒否されたので、同年一二月二二日に供託してその債務を免れたから、被控訴人請求の地代支払の義務はない。
(抗弁に対する被控訴人の答弁)
一 抗弁一の1の事実は否認する。仮に分割弁済契約が認められたとしても、それは律子の内山に対する貸金のうち、本件土地の代物弁済により消滅した債務を除く残余の債務についてのものである。同一の2の事実は否認する。また同一の3の(1)の事実は否認する。同(2)の事実のうち控訴人主張の如く被控訴人が地上権設定者の地位を承継した旨の通知をしていないことは認めるも、地上権設定者の地位はその承継人たる被控訴人に当然に承継されるものであるから、右通知は不要である。
二 抗弁二の供託の事実は認める。
(被控訴人の再抗弁)
一 代物弁済契約を解除する旨の契約について
仮に控訴人主張の合意解除により本件土地の所有権が内山に復帰したとしても、律子より白井が本件土地を譲受けその旨の登記を経ているので、右白井より所有権をさらに譲受けた被控訴人は、内山に対し右所有権取得を対抗することができる。
二 地代の特約について
仮に控訴人主張の地代支払期の特約が存しても、その特約は登記されていないので、これをもって被控訴人に対抗することはできない。
(再抗弁に対する控訴人の答弁)
再抗弁一の白井の所有権移転登記のあることは認めるが、その余は争う。同二の特約の登記がないことは認めるが、右特約は新所有者に承継されるべきものである。
第三証拠関係≪省略≫
理由
(所有権にもとづく地上権設定登記、地上権移転の附記登記の各抹消登記手続請求について)
一 本件土地の所有権帰属について
まず、被控訴人主張の代物弁済の有無につき判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、訴外内山正一は訴外村越律子から土地の購入を依頼されその資金として金三五万円を預かっていたが、右律子のために土地を購入しなかったため律子から右金員の返還を再三にわたり請求されていたものであるが、昭和三五年二月一五日に至り、右両名間で右金員のその当時の未返済残額金三〇万七、七九〇円を貸金にあらため、その利息は銀行の定期預金の利率並とし、元利金を一年内に返済する旨を約定し、その際内山において律子に内山所有の本件土地の権利証を右貸金の担保の意味で渡したこと、その後律子は内山が右貸金を期間内に返済しなかったので、同人および同人の母訴外内山タマに返済方を要求していたところ、昭和三六年三月末日ごろ、内山との間で、律子が本件土地を他に転売して右貸金の一部に充当することとし、右土地の価額を当時の時価で評価して約一〇万円とし、右貸金残余のうちにその金額をもって代物弁済とする旨の契約をなし、そのころ内山は律子にこれが所有権移転登記申請のためこれに必要な書類として先きに渡してある権利証の他に白紙委任状、印鑑証明書を交付し、これをもって右代物弁済を完了することとしその余の貸金残額は現金で後日返済することを約した事実をそれぞれ認めることができる。右認定に反する≪証拠省略≫は、前掲各証拠と対比して措信しがたいのみならず、右各証言(原審第二回を除く)中「権利証、白紙委任状、印鑑証明書を内山が律子に交付したのは、借金返済のために律子を安心させる気休めの意味であり、代物弁済ではない。」旨の部分は、右交付当時の内山の年令(二八歳)、経歴(以前本件土地を含めて数筆の土地を購入することを自らなしていることが前掲証拠から認められる。)に徴し、たやすく信用することができない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、内山、律子間で昭和三六年三月末ごろ、金三〇万七、七九〇円の貸金のうち約一〇万円につきその一部弁済として本件土地を代物弁済する旨の契約がなされ、内山が所有権移転登記に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を律子に交付して、右土地を代物弁済となし、その結果律子が本件土地の所有権を内山から譲渡されたものということができる。
ところで、右代物弁済につき控訴人は、内山と律子との間で、昭和三六年五月二日分割弁済契約が成立したことにより右代物弁済契約は解除された旨、したがって、本件土地の所有者は現在なお内山であると主張するのでこれを判断するところ、右主張事実に副う≪証拠省略≫によって認められる事実、すなわち、控訴人主張の分割弁済は本件土地を代物弁済としてなした一部弁済額を除いた貸金残額に約定利息を合せたものに対するものであって、控訴人主張のように代物弁済がなされる以前の未返済金に対するものではないことが認められる事実に照したやすく措信しがたいところである。他に控訴人主張の抗弁事実を認めるに足る証拠はない。したがって、貸金全額が右分割弁済契約の貸金の範囲になるということを前提とする控訴人の前記代物弁済契約の合意解除の主張はその前提を欠き失当である。
そして、≪証拠省略≫によれば、律子は昭和三六年四月中旬、本件土地を訴外白井ちゑ子に売渡し、これにつき同年五月六日律子の同意の下に内山から直接白井に所有権移転登記がなされたこと、しかして被控訴人は昭和四〇年一〇月一一日、右白井より右土地を買受け、同日その旨の登記を経たこと(なお、右各登記がなされていることについては、当事者間に争いがない。)がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠は他に存しない。
控訴人は、右中間省略登記につきもとの所有者である内山の同意がないから無効であり、結局被控訴人は本件土地の所有権を行使しえないと主張するが、本件土地の所有権は右に認定したごとく代物弁済により内山から律子に、売買により律子から白井に、白井から被控訴人に有効に移転したものであり、ただ右所有権移転の登記については内山が律子に対し本件土地の所有権移転登記申請に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を提供交付したので、律子はこれを利用し便宜中間を省略して内山から直接白井が買い受けて所有権の移転を受けたように登記手続をしたものであり、右事実によれば登記簿上の記載における権利移転の過程は真実と異なるが、結局は現在の実体の権利関係に合致し、内山から律子以外の者に移転登記がなされるにつき、内山に全く登記申請の意思がなかったということはできないから、被控訴人は真実の所有権者としてその権利行使を有効になしうるものである。
二 地上権設定契約が通謀虚偽表示であるか否かについて
本件土地につき被控訴人主張の訴外清水賢を地上権者とする地上権設定登記、ついで右清水より控訴人への右地上権移転の附記登記がなされていることは当事者間に争いがない。
被控訴人は、右登記原因たる内山、清水間の本件土地に対する地上権設定契約は、当事者間に真に右契約をなす意思がなく、律子への代物弁済を阻止する目的で両者通謀してなしたものであるから、通謀虚偽表示として無効であると主張するが、これを認めうるに足る証拠はない。
却って≪証拠省略≫を総合すれば、内山、清水間において、清水の内山に対する貸金一三万円を担保する目的で、昭和三六年三月二八日本件土地につき地代一月坪当り金五円で毎年末払の約定の地上権者を清水とする地上権設定契約がなされて、同年三一日にその旨の登記をなし、次いで清水は昭和四〇年二月二六日、控訴人に右地上権を譲渡し、同日その旨の附記登記をなしたことが認められる。
したがって被控訴人の主張は理由がない。
三 地上権の消滅について
次に被控訴人は控訴人に対して、引続き二年以上の地代怠納を理由として民法二六六条、二七六条により地上権の消滅請求をなしたので、控訴人の前記地上権は消滅したと主張するのでこれを判断する。
前記認定の事実によれば、控訴人は清水より本件土地の地上権者の地位を承継したことを、被控訴人に対抗することができ、被控訴人もまた控訴人に対し本件土地の地上権設定者たる地位の承継を主張できることになるところ、被控訴人が控訴人に対し、昭和四〇年一〇月二一日到達の内容証明郵便で、本件土地につき地代支払を引続き二年以上怠ったことを理由として、地上権消滅の意思表示をなしたことは当事者間に争いがないから、直ちに、地上権消滅請求をなすための地代怠納が引続き二年以上控訴人に存したか否かにつき検討する。
≪証拠省略≫によれば、地上権者であった清水は、地上権設定をなした昭和三六年から右地上権を昭和四〇年二月控訴人に譲渡するまでの間、地代を地上権設定者たる白井に現実に支払っていなかったことが認められる。
しかし、右地代不払につき控訴人は、内山、清水間で、地代は地主たる内山から支払請求があるまでこれを支払わなくてもよい旨の特約があったので、地代延滞の事実はない旨主張するからこれを判断するところ、右特約は地代に関する定めとして登記なくして第三者に対抗することができないものと解すべきものであるが、成立に争いのない甲第一号証(土地登記簿謄本)によれば、右は登記されていないことが明らかであって、これを第三者たる被控訴人に対抗することができないから、右特約の事実の有無を判断するまでもなく控訴人の主張は理由がない。
したがって、清水は白井に対し白井が本件土地につき所有権取得登記をなした昭和三六年五月六日以降同三九年末まで(地上権を控訴人に譲渡したのは昭和四〇年二月二六日である。)の地代を、すなわち引続き二年以上の地代を怠納していたものということができる。
ところで、土地の新所有者が地上権設定者たる地位の承継を地上権者に対抗できる以前に既に具体的に発生した地代債権は、承継せられる基本の法律関係の範囲外であるから旧所有者から債権譲渡の方法によらない限り、新所有者においてこれを承継しないが民法二六六条、二七六条による地上権消滅請求をなすための要件としての地代不払の効果については、新所有者は対抗力発生以前に既に具体的に生じた地代債権を譲り受けない場合でも、地代怠納の効果を承継し、一方、地上権の譲受人(新地上権者)は地上権移転の登記をなすと、その譲り受けた地上権をもって土地所有者に地上権者としての地位の承継を対抗できる結果、その対抗力発生以前既に具体的に発生した地代債務は承継しないが、旧地上権者の地代不払の効果は、旧地上権者に代って地上権関係の当事者としての地位にたつ地上権者に承継されるもの、すなわち新地上権者は地代怠納状態を伴った地上権を承継するものと解すべきである。
したがって、前記認定のとおり清水は白井に対し引続き二年以上の地代怠納があるから、白井より地上権設定者たる地位を承継した被控訴人は、清水より地上権者たる地位を承継した控訴人に、民法二六六条、二七六条による地上権消滅請求の要件としての、右地代怠納の効果を主張することができる。
次に控訴人は、右地代怠納につき、被控訴人から自己が地上権設定者たる地位を承継した旨の通知がないから、地上権者たる控訴人にはその責に帰すべき事由が存しないと主張する。しかし前述したとおり、新所有者がその旨の登記をなせば法律上当然に地上権設定者たる地位を承継し、地上権者にそれを対抗できるのであるから、新所有者には控訴人主張の通知をなすべき義務はないと解すべきであるから、被控訴人にその通知義務あることを前提とする控訴人の右主張は、それ自体失当であるといわなければならない。
さらに、控訴人は、被控訴人が右通知をしないことは信義誠実の原則に反し、地上権消滅請求の効力を有しないと主張する。しかし、地上権者は土地賃借人などに比較して強く保護されており、地主の承諾なくして地上権を譲渡することができ、その結果として新地上権者が突然地主の前に登場することもあるのであるから、その点の利害の配分からいっても、現在の地主が誰であるかについては地上権者において相応の調査をなすべきであるとしてもあながち不当ではない。それ故、被控訴人が右通知をなさなかったとしても、民法一条の信義誠実の原則に反して、消滅請求の効力を否定することができるとなすことはできないから、この点の被控訴人の主張も理由がない。
以上のとおりであるから、控訴人の本件土地に対する地上権は、その消滅請求の意思表示が控訴人に到達した昭和四〇年一〇月二一日限りで消滅したことになる。
したがって、右意思表示到達の翌日である昭和四〇年一〇月二二日以降は、本件土地に対する清水の地上権設定登記および控訴人の右地上権移転の附記登記はなんら実体上の権利に基づかない不法な登記であるということになる。
よって、被控訴人が控訴人に対し本件土地の所有権に基づいて右地上権の各登記の抹消登記手続を求めることは理由があり、控訴人は右各登記の抹消登記義務を負うに至ったものといわなければならない。(なお、地上権設定登記の名義人は清水であるが、その抹消登記義務者としては、その附記登記名義人である控訴人だけを相手方とすれば足りると解するのが相当である。(最高裁昭和四二年(オ)第七三八号同四四年四月二二日第三小法廷判決、民集第二三巻第四号八一五頁参照。))
(地上権設定契約にもとづく地代請求について)
新旧所有者間において地上権設定者たる地位の承継が生ずる時期は、新所有者が所有権取得の登記を経た時であると解すべきことはさきに述べたとおりであり、かつ右登記以前に具体的に発生した地代債権は、債権譲渡の方法によらない限り新所有者においてこれを承継しないものであることもさきに触れたとおりである。本件の場合、被控訴人が白井より本件土地を譲り受け、その旨の所有権移転登記をなしたのが昭和四〇年一〇月一一日であるから、被控訴人はそれ以前に発生した地代債権を当然には承継せず、右地代債権を控訴人に請求することができるためには、別に白井から右地代債権の譲渡を受けていなければならない。したがって被控訴人が地代債権を当然に承継したとする被控訴人の主張は理由がない。
次に被控訴人は右主張が理由なしとするも、被控訴人は白井より同人の地上権者の清水および控訴人に対して有する地代債権の譲渡を受けたと主張するが、右事実を認めうる証拠はないのみならず、白井が右債権譲渡の通知を債務者である清水および控訴人になしたこと(民法四六七条)、また清水の地代債務を控訴人において債務引受をなしたことの各主張立証もない。
したがって、控訴人は被控訴人に対して、同人の所有権移転登記をなした昭和四〇年一〇月一一日から地上権の消滅請求の意思表示をなした同年同月二一日までの地代一月坪当り金五円(月金一五〇円)で計算した割合による地代を支払うべき義務のみがあるというべきである。
ところで、≪証拠省略≫によれば、控訴人は被控訴人より前記地上権消滅の意思表示を内容証明郵便でなされた後の昭和四〇年一二月一七日、同年三月分から一二月分までの地代を被控訴人方に持参したが、被控訴人にその受領を拒否されたので、右地代を同月二二日に供託したこと(供託した事実は当事者間に争いがない)が認められ、右事実によれば右供託地代は、控訴人が被控訴人に対し支払うべき前記地代を含むもので、その受領が被控訴人から拒否されたため、支払期(同年一二月末日)に至らない以前に供託されたものであることが明らかであるから、右供託は右地代金額部分について有効であるといわざるをえない。
したがって、被控訴人の控訴人に対する前記認定の地代債権は消滅していることになるから、被控訴人の地上権設定契約にもとづく地代請求は理由がなくこれを認めることはできない。
(結論)
以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求中、地上権設定登記、地上権移転の附記登記の抹消登記手続請求については理由があるから、これを認容し、地代請求については理由がないからこれを棄却すべきものであるところ、右請求を全部認容した原判決は一部不当であり、控訴人の本件控訴は右の限度で理由があるから、民事訴訟法三八四条、三八六条により原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺桂二 裁判官 鈴木禧八 安藤宗之)